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□ 第1部 [ ベランダ ] □

□ Veranda □

(ベトナム編)

『サイゴン・シティ』:A

僕がその女の子と出会ったのは、サイゴンシティに夜の帳が降りはじめた頃だった。バックパックを背負っていて、真っ黒に日焼けしていて、宿の人に「部屋ありますかー」と訪ねていたので、僕は即、

「可愛いぃぃぃぃぃぃいぃぃ!!??」

 ……ということに、気がついた。前後の文脈が全く繋がっていないことはわかっているけれど、とにかく、可愛かったのさ。いや、本当。嘘じゃないよ。マジ、マジ。

 とにかく、彼女がこの旅で最初に出逢った(可愛い)女の子なわけで…(←ちょっと『きまぐれオレンジロード』風に)。


 何よりもまず僕が悔やんだのは、日が落ちる前に夕飯を済ませてしまったことであった。「もう少し我慢していれば…!」といくら悔やんだところで、おなかぽんぽんではもう入りません。

(これでは彼女と一緒にお食事できないではないか! あー、くやしんぼ、くやしんぼ)

 それはもうしょうがないので、とりあえず食事は諦めて、話だけでも…ということで、爽やかな(?)笑顔を携えて、彼女に声を掛けたわけ。

 しかし今思い出しても、アレ(食事のこと)は今回の旅最初の失態だったなァ…。


「今日はどこを回ってきたの?」

とナカジマさんが僕に尋ねる。彼女の名前はナカジマさん。京都府出身。どうでもいいけど僕と同い年。インドからベトナムまでを十日間で抜ける怒涛の個人旅行らしい。

「ついさっきカンボジアから抜けてきた」とそれはもう、最高の笑顔で教えてくれた…いやん、可愛いぃぃぃぃぃいぃぃいいぃぃ!!??

 嗚呼、この誰も頼れる者のいない南国の大地で、神は我に天使をつかわされた…、ありがとう、神!

「今日は…」

と僕。今日一日を思い返した。長い一日だった。


 バイクタクシーというものがある。これは原付に人を乗せ、目的地へと運ぶ、要するにバイク版タクシーである(そのままやんけ!!)。このバイクタクシーが、庶民や旅行者の大事な足となっている。値段はもちろん交渉制。乗る前に交渉しないと乗った後にボッタクラレル!

 まあ、とにかく、ベトナム人はホンダにまたがり、こうやって生活資金を稼いでいるわけだ。

 しかしどう考えても、需要と供給があっていない…。カラの(暇そうにしている)バイクタクシーの数が膨大なこと…。そんなわけで、街を歩いていると、必ずバイタクの客引きに出会う。出会わなかったらそれは奇跡です。

 ファングーラオ通りはベトナム、サイゴンの有名な安宿街なので、そのバイタクが特にたむろしている(中には悪質なバイタクもいるし、そういったヤツラが溜まっているホテルもある。気をつけるべし!)。一歩宿から外に出ると、そこはバイタク戦争時代到来。

 僕はそのバイタクに跨って、統一会堂へと向かった(値段交渉はわりとスムーズにいった…のかな? 一番初めにキロ50ドルとか言われたときには思わず吹き出しちゃったよ、あははー)。

 道中、いやあ、怖かった。縦横無尽にバイクが駆け巡っているわけで、その中を二人乗りのスクータいくのだから、いつ事故を起こすかと冷や冷やものでした。でもハマルと病み付きになるかも…、「倒れたら死ぬ!!」という緊張感に生命の輝きを見た!


 ベトナム戦争を知っていますか? ……なんかこれ、どこかのキャッチコピーみたいだな。それはそれとして、ベトナム戦争について、あなたはどれくらい知っていますか? 正直申し上げて、僕も旅に出る前は何も知らなかったに等しい。

「ベトナム対アメリカで、ベトナムが勝った。あと枯葉剤。ベトちゃんドクちゃん」くらいの認識しかなかった。

「ベトナム対アメリカで、ベトナムが勝った」

 もしあなたもそういう認識をしているなら、勉強をしてください。

 国は違えど、人間の歴史、ちゃんと知っておくのは人間の義務だと思います。ベトナム戦争はそんな簡単な構図ではないし、一行に収まるほど簡単に決着がついたわけでもない。

 今僕は、ベトナム戦争に関する多くの知識を持っている。ベトナム滞在中に勉強したし、帰国してから図書館等で調べたりもした。だからまあ、「もったいぶらずに教えろやボケがー!」と言われたら教えることもできるけど、なんか、そういうの、厭だ。

 たぶん僕の語る内容だと偏見が入るだろうし、それが正しいものかどうか、内容に間違いがあるかどうか。


 統一会堂は、ベトナム戦時下、ゴ・ディン・ジェム政権下のベトナム共和国(南ベトナム)の城であった。解放軍は夜明けとともに統一会堂に入城し、サイゴン解放を果たした(ここらへんの詳しい事情は、簡単にだけれど、地球の歩き方『ベトナム』のコラムに載っていたりもする)。

これで戦争が終結したわけではないが、サイゴン解放はアメリカ介入によって建国された南ベトナムの敗北を意味していたわけだ。

 ……なんか偉そうに書いてきたけど、この知識すら間違っている可能性があるので、気になった人は自分で調べてね。

 とにかく、統一会堂はベトナム戦争を語る上でも、サイゴンを語る上でも外せない観光名所のひとつなわけです。そこを僕は訪れていた。

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