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□ 第1部 [ ベランダ ] □

□ Veranda □

(ベトナム編)

『六月三十日、成田から』:@

ターミナルには九時前には到着できた。内心、(あのとき指定券を買えなかったらどうなっていたことかわからんのぅ)と胸中で息をついてみたけれど、実際はたとえ乗り遅れても充分に時間はあったのだった。一人で飛行機に乗るというのは初めての経験だったので、「早めにいかんとだめじゃけん」と気負っていたのかも。

 ベトナム航空のカウンタを探して、チェックインをするために並んだ。日本人が多いのは当たり前だけど、国籍を問わず色んな人間がいてぎょっとなるも、(んなのあたりまえじゃん!)と冷静に突っ込んでみた。

 手続きには時間がかかっていた。中々順番が回ってこなくてイライラした頭で、

(そういえば、あいつら見送りに来るとか言っていたけど本当にくるんだっぺか。それはそれで恥ずかしいなあ。でも、ま、さすがにこんなに早くは来ないだろう)とサークルの者どものことを考えた。

 どれくらいたったろう。僕はまだ搭乗手続きが終っていないどころか、始まってさえもいなかった。そんなとき、アナウンスがターミナル内に響いた。ざわついた空気の中でも、よくとおる声で、はっきりと僕の耳にも届いてきた。僕は(まったく、空港まできて迷子かよ、恥ずかしいヤツもいたもんだナ!)と、ぷぷーッと噴出しながら聞いていると、

「アイカワトモオ様……、いらっしゃいましたら……、繰り返します……、」

(いやあ、どこかで聞いた名だなあ。有名人かなあ。名前から推測すると、きっとクールでビューティな俳優だな!)

「アイカワトモオ様……、」

「おれやん!! 迷子はおれやん!!」


 あまりに突然の出来事に、僕は必要以上に腰をくねらせて驚きを表現することしか出来なかった。

「こんな恥ずかしい真似を出来る人間はこの世に一人(一グループ)しかいない!! やつらだ。やつらが来たのだ! こんな異国情緒溢れる国際線のターミナルで、よくもやってくれたものだ! 許しはせん、許しはせんぞぉぉぉぉ!!」

 僕は吠えた。

 しかし…と冷静になって考えてみる。

(ちょっと早い。離陸の二時間前といったら手続き中じゃないか)と思った。(あいつら、いったいいつから成田にいたんだ?)


 長い間待たされたけれど、手続き自体はすぐに終ってしまった。僕は持ち込みの荷物だけを持って、カウンタを離れ、回転ゲートをくぐってロビーに出た。そのとき、見慣れた色の髪が僕の目の前を通り過ぎていった。

「ぬおッ!! おいこらッ」

 その娘も「ぬおッ」という表情でこちらを見た。

「ああー、どこにいたの、探したでしょー!」

「チェックインだっつNO! おまえらおれの名前をアナウンスしただろーッ! わしゃあもう、こっぱずかしくてこっぱずかしくて…おいどんは穴があったら入りたかったでやんす」

「ケムンパスかお前は」


「お前ら、いつごろこっちに着いていたの?」と歩きながら僕が問うと、「八時頃かな」とあっさりと答えた。

「早すぎるだろ。普通見送りが本人より早く来るかよ、おいッ」

 と、僕は呆れた。見送られるという気恥ずかしさがあったのは、まあ、否めない。

 彼女に連れられてみんなのいるスペースにいると、どーしようもないアホ面どもが雁首そろえてグエッグエッと鳴いていた。その雁首どもがこちらを向いて、幾人かは突然笑い出した。

 なんと失礼なッ!

「おまえその髪なんだよーッ、悟りでも開くのかお前はッ! あー、げらげらげら」

「これは、向こうで切らなくていいようにだよ!」

 と僕は角刈りの頭の弁解はしたが、彼らの笑いは中々収まらなかった。

 スターバックスでコーヒーを飲んだ。


 ボーディングが始まったので、

「じゃ、行く」

 と言うと、皆が「お土産ね」とか「お土産な」とか「お土産じゃん」とか口々に勝手なことを言って返してきた。通行不可のロープの向こうで、彼らは手を振っていた。

 僕は軽く手を上げただけで、その後は振り向きもせずに歩いた。

 出国審査で不気味なイミグレ官にパスポートを渡したあとで、(やはり振り向いたほうが良かったかなあ)と少しだけ後悔した。  

ま、とにかく、このイミグレ官ほんと不気味でした。

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