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□ 第1部 [ ベランダ ] □

□ Veranda □

(ベトナム編)

『六月三十日、成田から』:@

親戚の家を出たのは七時少し前だった。昨夜、妹と従姉妹は遅くまで騒いでいたので、「見送りにでてやるよ」と言っていたのだが、結局起き出して来なかった。

(まったく、兄が出てゆくというのに、我が妹ときたら!)とプリプリしながら、伯母の作ってくれた朝ごはんをモグモグと食べた。日本を発つ朝くらい、ちゃんと朝食を食べておきたい。

 六月も終わりの頃だったが、朝方早いうちだったので、寒くもなく暑くもない。奇妙な朝だった。伯父と伯母が見送りにでてくれた。

「ちゃんと(川口)駅までいけるの。成田への行きかた知ってるんだろうね」

「大丈夫大丈夫。なんとかなるさ。調べておいたし」

(まー、今からでれば余裕綽々で成田到着だな。へっへっへ、ちょろいもんよ、)と、僕はよくわけのわからない舌なめずりをした。

「これが今生の別れだねェ…。あたし悲しい」

 伯母が言った。

(本当にそうなったらどんなに良いか…、)と、僕は溜息をつきながら考えたが、ここはツッコミを入れるところだったので、多少タイミングはずれたけれど、ビシッと突っ込んでやった。

「なんでやねん!!」

 よし! 絶好調。


 途中で鈍行から、スカイライナー7号に乗りかえた。この特急だと、成田空港第2ビル駅までは乗りかえはない。

 切符を買い乗車客の列に並んで、(おれもやればできるぢゃん。自分で自分を褒めてあげたいよ、)と、その手際の良さと行動の素早さにひとり感激した。

 腰をくねくねさせ、鼻歌まじりで乗車の順番を待っていると、何か不吉な言葉が僕の耳に届いてきた。

「…指定券を見せてください…」

(なんですと?)

 僕はきょとんとなり、(指定席、)とその駅員さんの言葉を反芻した。

(指定席?)

 自分の手の中にある切符をよく目を凝らして確認する。裏も見てみる。

(もしやあぶりだしという高度な技術を用いているのだろうか。いや、それよりも、指定席?)

 くどいようだが、僕はもう一度(指定席、)と繰り返し、やがてその言葉の意味するところを理解した。

(買ってないやん!!)

 僕は慌てて列を飛び出し切符売り場まで戻った。

(ひー、かっこわるぅ〜!)

 恥ずかしさの余り、僕は腰を必要以上にくねらせなければならなかった。

 切符売り場のカウンタに顔がくっつくのではと思えるほど近づけて、思い切り焦りながら、「指定席!」と怒鳴った。…つもりであったが、焦っていたためか、うまく言葉にならない。

「し、し、し…」

「なんですか?」

「して、して、して…ああ…」

「は、はい…、わたしでよければ…」

 駅員さんは顔を赤らめて節目がちになった。

「なんでやねん!!」

 よし! さっきよりもグッドなタイミングだ。


 冗談はさておき……

「指定券ですか?」

「はい、そうです。急いでください!」

 絶好調でツッコミを入れてみたけれど、実はこのとき、スカイライナー7号発車の数分前だった(実話)。それはもう、焦る、焦る。

「でしたら、乗務員から買えるので、そちらで買ってください」

「はい?」

 目が点になった。(慌ててここまで駆けて来たのに、オチはそれかい! おれってばピエロぢゃん!)

 僕は再び、腰をくねらせながら乗車口へと走ったのであった…。

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